2010年9月12日日曜日
手づくりギャラリー
プロの庭師が設計したらしい白の玉砂利と芝生であざやかに区切られた庭の一画には、何トンもある巨大な庭石がドーンと据えられ、いかにも現代的なしゃれた庭園になっている。手前から向こうへなだらかに落ち込んだ先は低い竹垣を隔てて農業用のため池になっていて、今はヒシが生い茂って少しうっとうしいが、自然な借景となっている。
米同時テロの11日、宮若市の陶芸家石原祥嗣さんの所用に便乗して、行橋市稲童にオープンした私設ギャラリーを訪ねた。
それにしても素晴らしい環境ではある。庭はそのまま背後の山の雑木林につながっているし、前方約1キロ先には周防灘が広がっている。海風がギャラリーを吹き抜けて気持ちがいい。ついつい長居してしまった。
このギャラリーは数年前まで小生がいた会社の元上司が、同窓の先輩で画家の原田脩氏を記念するため、友人たちと手づくりで建てたという。素人集団にしてはあまりに立派な建物だが、実際には「友人」に含まれるその道のプロとその他の素人集団との合作らしい、と分かった。室内には原田画伯の作品が常設展示され、時には能も演じられる。
石原さんの所用とは、ギャラリーを能舞台に使うとき背景に老松の絵が要るので、その絵描きを元上司(ギャラリー館長)に引き合わせることだった。石原さん運転の車には、宮若市在住で世界的かつ若きベーシスト松永誠剛さんと、東京からやってきた松永さんの友人で、これも若き日本画家の中村嘉宏さんが乗っていた。
松永さんは25歳というのに、その活躍は世界各地におよび、音楽界の友人知人は目を見張る域に達しているらしい。らしい、というのは小生がその世界にうといためだ。
車中の話はすべてがもの珍しく、興味深かった。そのひとつ。陶芸のロクロひきでは中心を取ることを教える。そこまでは基本。しかし、本当のわびさびはその先にあって、中心をわずかに外す技が要る。これは口伝で直系の弟子にしか伝授しない。ヤロン・ヘルマン(イスラエルの新進ピアニスト)の和音は、従来の西洋音楽の和音から若干ずれているのに、それがなぜか心地よくて何回聴いても飽きが来ない、云々。
その間、小生は「森の生活」を書いたヘンリー・ソローと、南方熊楠と、中西悟堂の共通項のことばかり考えていた。
さて、本当に稲童には長居しすぎた。帰途、蓮の墨絵を見ようと立ち寄った直方市の真如寺を出るときは、宵闇が迫り、空は真っ赤に燃え上がっていた。(上は真如寺境内=和尚さんにお世話になった)
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