山瀬に来る前は、雑木林つきの土地を探していた。できれば、それに古家がついていたらもっといい、と思っていた。なかなかそんな物件は見つからない。雑木山はあっても共有地であるケースが多い。共有地だと権利者が多すぎてまず購入は難しい。そこで、自分で小屋を建て、木を植えて雑木林もつくってやろうという方向へ傾いていった。
山瀬で小屋づくりを始めてまもなくの2008年暮れ、近くでシイタケ山を営むたけみっちゃんが森林組合の苗木注文書を持ってきてくれた。組合員向けだからめっぽう安い。
注文した苗木は
クヌギ 50本
ケヤキ 10本
ソメイヨシノ 10本
ヤマザクラ 10本
イロハモミジ 10本
クリ 10本
イチョウ 10本
の計110本、しめて3万1500円なり。
苗木は翌2009年2月中旬に届いたが、敷地内には当時まだたけみっちゃんのシイタケほだ木が残っていたため、造成ができず、小屋のそばに仮植えした。定植したのは約1カ月後の3月23日。 <クヌギ>
木々の冬越しは今冬が初めてである。購入した苗木はいずれも落葉樹なので、冬の間は生きているのか、枯れてしまったのか、なかなか素人目には判断がつかない。春が来て、春たけなわになって、おっ! 新芽が出てる、若葉が出たっ! と分かるのである。 <ケヤキ>
森林組合から購入した苗木のほかにも、ツバキ、ツツジ、オオデマリ、アジサイ、ヤマブキ、ヤマボウシ、カボス、サクランボ、ブルーベリー、コブシなど結構、貰ったり、買ったりして植えているが、冬の間に枯れてしまったのはわずかに数本にとどまっていて、みんな元気である。 <モミジも元気だ>
さて、これからどんな庭に仕立てていくか。おおまかに言えば、狙いは自然な感じの雑木林だが、うまく行くかどうか。10年ほど経てばそれらしくなっているかも知れないが、それまでわが命脈は保ってくれるか、どうか。・・・・・・・しんみり。
2010年4月28日水曜日
屋根を歩けば
二階建てですか? と、よく聞かれるので困る。内部にロフトはあるが、平屋建てである。農地転用許可申請の際に、口頭だが、念を押されたので小屋は平屋建てですと答えてある。そこで小屋の名前も「ひらやだ亭」にしようと考えたくらいだ。
でも、外から見ると確かに二階建てに見える。屋根までの高さが二階建てほどに高くなったのは、3寸5分角の13尺2寸ものの木材(4メートル材)を目いっぱい使おうとしたからだ。単に貧乏性からだ。そいで、柱が12尺(3.6メートル)になった。屋根に上がったら、高すぎてめっちゃ怖い。しかもガリバリウム鋼板(トタン板の丈夫なやつ)でふいたので、つるつる滑って危険この上ない。設計段階ではふつうの屋根勾配より緩くしたのに、これは計算外だった。
棟木のところ(屋根のとんがり部分)に傘釘を打った後、周辺に釘を打とうとしたら、滑って体のバランスが取れない。棟の三角形にしがみついていないと、するすると滑り落ちてしまう感じだ。釘を打つ順番が違ったのだ。先に棟を打ったのが間違いで、1枚ずつ留めるべきだった。命綱をつけて再度挑んだが、やっぱり怖くてどうにもならなかった。
仕方がないので、梯子を少しずつ横移動して、梯子の上から軒先だけ釘を打って回った。だから、鋼板は棟の部分と軒先以外は釘打ちされていない。強い台風が来たらヤバイのである。人にはあまり言ってないが。
屋根の構造は簡単である。構造材(桁)の上にたる木を打って、コンパネ(ベニヤ板の厚いやつ)を敷き、その上に防水シートを張って、一番上が鋼板である。コンパネと鋼板は結構重いので、斜めにかけた梯子の上を滑らすようにして、上からロープで引きずり上げた。コンパネや防水シートは滑らないから、そこまでの作業は順調だったのだ。
ものの本にも「ガリバリウム鋼板は滑るので、気をつけて」などとは書いてない。
やってみなくちゃ分からないのです。ホント。
それでも、屋根ができた時の喜びは何とも言えないものがあった。屋根をふいた直後に雨が降り出した幸運もあって、それまでテント暮らしだった身には雨をしのげる屋根の下はまさに天国に思えた。「雨の日は仕事になんねえもんな」などといっぱしの大工のようにつぶやきながら、その日は、昼間っから屋根の下で一人でべろべろに酔っ払ったのであります。
2010年4月24日土曜日
100万円の家づくり
2間×3間の小屋を建てるにあたって、木造軸組み工法(在来工法)にこだわったのには理由がある。木は、土や鉄やコンクリートその他の建設資材に比べ、何となく扱いやすく思えたこと。大工だった親父の仕事を見て育ったからだが、何となくそう思っただけで、自信なんかなかった。経験もなかった。
現代の建築ではほとんど「プレカット」といって仕口や継ぎ手を機械で加工する。しかし、家造りの中で最もおいしい部分を、大工仕事の醍醐味にあたる工程を、プログラミングされた工場の機械にゆだねるのはいかがなものか、と小生は思った訳である。そして、大工として一番熱中できるのが木材の刻みであり、それを最も生かした工法が木造軸組み工法だと考えた次第である。
とはいえ、仕口といったって何種類あるのか、どこにどんな仕口が必要なのか、何の知識もなかった。そこで適当な教科書を探した。
たまたま書店で手に取ったのが、小笠原昌憲著「100万円の家づくり」である。そこには2間×3間の木造平屋の小屋を造るための、素人にもできる仕口や継ぎ手の加工の仕方が寸法入りで書いてあった。しかも尺貫法で。大工仕事は間、尺、寸、分の尺貫法でないと後でいろいろ不都合が出てくるのだ。
その後、この本は小生の小屋づくりの唯一のタネ本になった。
頼んでいた木材が現地に到着した時は、もう逃げ道はないんだと実感した。それまでに頭の中で何度も図面を引き直し、基礎、刻み、建前、屋根、床や壁と、各工程のシュミレーションを繰り返した。細かな部分を想像してはああでもない、こうすればなどと工夫してみたりした。やってみないと分からない、やってみて失敗に気づき、やり直すことも多いだろう。とにかくやってみることだ、自分の腕と頭を信じて。あとは臨機応変、時間はいっぱいあるのだから。
失敗しないためにはまず模型を作ってみるのが一番と「100万円の家づくり」にも書いてあるが、確かにそれが最良に違いないが、それをやるとそれだけで何となく完遂したような気になって、本番でかえって甘くなってしまうのではないかと危惧したので、模型は作らなかった。
実際に試みた仕口は、腰かけ蟻(あり)継ぎ、襟(えり)つき小根止めほぞ差し、腰かけ鎌継ぎなど。墨つけに大工の持ち物の象徴のような墨つぼも用意したが、結局使わなかった。3Bの鉛筆の方が具合がよかった。電動丸ノコと電動角ノミを駆使し、手ノコとノミは補助的に使った。これも「100万円の家づくり」に書いてあった。
それにしても、電動角ノミの威力はすごかった。1寸幅のほぞ穴を開けるのに1分もかからない。四角い鉄の塊の中に回転するキリが仕込んであって、レバーを回すと、ガーっというものすごい音とともに半ば強引に木材に四角い穴を開けてしまうのである。
価12万円の値札をホームセンターで見た帰り、古道具屋で偶然同じものを1万円の中古で見つけた。3本のレバーの1本が欠損しているが、支障はない。これがなかったら、木材刻みはもっと長引いていた。というよりノミでこつこつとほぞ穴を開ける作業にうんざりしていたに違いない。角ノミ様々である。
お陰で2008年10月中旬に始めた刻み作業は、週2~3日の割で続き、翌2009年1月に終わって棟上げにこぎつけた。
やればできるじゃないか、どんなもんじゃい。
2010年4月23日金曜日
宣戦布告
山瀬に着いてすぐ小屋を点検すると、あいつが悪さした痕跡がありあり。
まず網に入れてつりさげていた風呂場の石鹸が消えていた。
網の底が食い破られていた。
小屋の中のごみの袋も荒らされていた。うっかり棚に置いていた石鹸2箱もなくなっていた。種ものの袋も破られて、芝のタネが手のつけようもないほど散乱していた。
甘く見ていた。ネズミ捕りで捕まえたら手なづけて仲良く、などと温情を見せたのがよくなかった。
こうなりゃ、徹底抗戦だ。もう許さん。本気でネズミ捕りを探してやる。
しかも、こんな強力な天敵を連れてきてやる! 首を洗って待っとけ!
気を取り直して山里を歩く。
山瀬の花々。
ミツバツツジ ヤマブキ
ミツバアケビ ワサビ
ワラビとゼンマイ
ギョウジャニンニク マムシグサ
わし、もうカエル。
2010年4月19日月曜日
馬と遊ぶ
博多織の小川規三郎さんの出版祝賀会が無事に終了した翌日の19日、西戸崎の乗馬クラブ「クレイン福岡」に出かけた。無料の乗馬体験講座に応募して当たっちゃったのだ。
乗り物のなかで以前から乗りたいと思っていたのが、カヌーと馬である。どちらもいったん始めたら、のめり込みそうで怖いので、手の届かぬものとして遠くから眺めるだけにしてきた。体験乗馬などに応募したら、向こうは会員獲得が狙いなのだから当選するのは当たり前だが、いい機会なのでそれも承知で応募した。
カヌーは山口県・油谷湾で洲澤育範さんの指導で乗ったことがある。
めちゃ面白かった。問い合わせはエル・コヨーテへ。
またはボニーベイ・シーカヤック・センター。
クラブは結構な数の人たちでにぎわっていた。大半は女性だ。
借り物のヘルメット、プロテクター、ブーツに身を固めた。男性のインストラクターがついて懇切丁寧に話しかけてくる。乗せてもらったのは「インディー」という名前の25歳のアングロアラブ(オス)。人間で言うと75歳くらいのおじいちゃん馬だ。おっとりしていて、気を抜くとすぐサボって止まる。
講習は約30分。直径10メートルほどの円内をほとんど並足で歩くだけ。インストラクターはしきりに怖くないですか? 結構高いでしょ? などと聞いてくる。それに馬のそばを歩きながら、馬の種類がどうの、性格がどうのと無駄話が続く。並足で歩くのは馬に慣らす狙いと分かるが、それだけでは面白くも何ともない。時々ジョギング程度の早足をさせてくれたが、物足りないうちに終わりになった。
通常の会員になると、入会金8万円前後、年会費18万円前後。そうだろうな。馬1頭で月30万円の維持費がかかるそうだから。講習後インストラクターの話を聞いているその目の前で、高校生の女の子が上級者のコースで馬を操っていた。「あれは彼女の馬で、ここに預けているんです」。へーぇ、いい親御さん持ってよかったですね。
2010年4月15日木曜日
山瀬のネズミ2
先日、小屋の中の前面金網防御システム付きの棚に入れていたベビーチーズが金網越しに食い破られているのを発見した。しぶとい奴め。
金網の間から必死に手を伸ばして、美味なるものをつかみ取ろうとする奴の姿が目に浮かぶ。
手ごわい相手とは分かっている。油断もすきもあったものではない。
それだけではなかった。風呂場に置いていた牛乳石鹸もなくなっていた。最初は風に飛ばされたものと思って、周辺を探したが、見つからない。
そのうち、以前、流し台に置いていた石鹸もいつの間にかなくなっているのを思い出した。えーっ、ネズミが石鹸食べるの? 「そう、ネズミの好物ですよ」。狐狸庵の奥さんは平然とのたまう。
とりあえず、チーズは純ちゃんにあげて(純ちゃんはチーズをひと呑みで食べてしまうと、あまりのおいしさに目を丸くしている)、石鹸は網に入れて宙にぶら下げた。
そして、根本的な解決策について考えを巡らせた。ふっとネズミ捕りが頭に浮かんだ。
数日後、筥崎宮参道の骨董市で「トラ鋏み」を見かけたので、店主に聞いたら、「いまは動物愛護とか何とかでね。ネズミ捕りが入っても、使えないように改造して、飾りとして売るもんね」。
そうは言っているのに、トラ鋏みは本ものだった。しかも、店主はセットの仕方を知らなかった。
田舎のホームセンターなんかには、ネズミ捕りをまだ売っているかも知れない。ふつうは捕まえたらそのまま水没させて殺してしまうのだが、わが輩が山瀬の同朋をそんなひどい目に遭わせるはずがないではないか。運よく1匹捕まえることができたら、大きなかごで飼育して手なづけてみよう。そして、そいつの仲間を集めて、あまり悪さをしないように、からだはいつも清潔になどと教育して、と夢想しているのだが、果たしてそううまく行くか。やっぱり手ごわいだろうな。
というか、手なづけに成功して一緒に暮らしているのを他人が見たら、腰抜かすだろうな。
2010年4月13日火曜日
街の用事
今週は街に用事があって、山瀬には行けない。何事かというと、こんな本の出版祝賀会の準備である。ボランティアとして裏方の仕事を頼まれた。現役時代にお世話になった人たちばかりなので、断れない。山の暮らしと街の喧騒との間のギャップに、時々心がくじけそうになる今日この頃(というのはウソ)。
祝賀会は4月18日午後2時から、博多駅前のホテル日航福岡である。当日入場も可。左のような立派なホールで、軽食をたらふく食べられて、しかも定価2800円(税抜き)の本が貰えますよ。ただし、会費1万円。
フフフ
なぜか、前の仕事柄、人間国宝との付き合いも多い。中には人間秘宝みたいな人もいるが。そいで、不本意ながら思わぬものをいただいたりする。このたびの国宝・小川さん宅に祝賀会の打ち合わせで訪ねたら、博多帯(男帯)を1本貰ってしまった。ん十万円するんじゃないか。ダメだろう、もらったら。などと思いながら、結果的にもらってしまった。意志が弱いので断れなかった。
そいで、インターネットで帯の締め方など検索してみたものの、待てよ。この帯いつ、どんな機会に締めるんだ?。着物は一枚も持ってないことに気付いた。まさか、ブレザーやTシャツの上から締めるわけにもいくまい。
だれかぁ、着物を1枚、もらえませんかーっ!!
左が国宝、右が秘宝。 ↑こちらも同じ。
2010年4月9日金曜日
タラの芽
小屋のそばの渓流沿いにある数本のタラの木の芽ぶき具合から、まだ少し先かなとは思ったが、以前から目をつけていた秘密の群生地を訪ねて山に入った。
林道を5分ほど入った行き止まりで車を乗り捨て、「危険、のぼるな」と書かれた鉄の橋を果敢に乗り越え、山道を歩くこと10分。純ちゃんはきょうも元気だ。半径100メートルの範囲のやぶや木立の中を休みなく走りながら、ついてくる。
すると、あった。約100メートル四方に丈1メートルほどのタラの木が密生している。そこだけ樹木が伐採されているため、日当たりがよく、水も流れて、環境がいいらしい。
背後に見えるのは全部タラの木。しかし、やっぱり少し早い。小さくて固い芽が多かったが、それでもいくらか伸びた芽を30個ぐらいは摘んだ。夕食のおかずには十分だ。
◇ ◇ ◇
これはコシアブラ。タラの芽よりおいしい、という人が多い。九州にも多く自生しているのに、食する習慣があまりないのは不思議。
小屋に帰ってアスパラガス4株を植える。庭のひと隅に苦土石灰と発酵鶏糞をばらまいて、いいかげんに(というか、いい加減に)耕した。袋には「一度植えたら10年ぐらいは収穫可能」と書いてある。でも、最初の収穫は2年先だって。ま、いいか。
細い流れの上にヤマブキの花が景色よく垂れ下がっていたので、一句。
山吹の立ちそよひたる山清水汲みに行かめど道の知らなく
(高市皇子)
他人の歌でした。
林道を5分ほど入った行き止まりで車を乗り捨て、「危険、のぼるな」と書かれた鉄の橋を果敢に乗り越え、山道を歩くこと10分。純ちゃんはきょうも元気だ。半径100メートルの範囲のやぶや木立の中を休みなく走りながら、ついてくる。
すると、あった。約100メートル四方に丈1メートルほどのタラの木が密生している。そこだけ樹木が伐採されているため、日当たりがよく、水も流れて、環境がいいらしい。
背後に見えるのは全部タラの木。しかし、やっぱり少し早い。小さくて固い芽が多かったが、それでもいくらか伸びた芽を30個ぐらいは摘んだ。夕食のおかずには十分だ。
◇ ◇ ◇
これはコシアブラ。タラの芽よりおいしい、という人が多い。九州にも多く自生しているのに、食する習慣があまりないのは不思議。
小屋に帰ってアスパラガス4株を植える。庭のひと隅に苦土石灰と発酵鶏糞をばらまいて、いいかげんに(というか、いい加減に)耕した。袋には「一度植えたら10年ぐらいは収穫可能」と書いてある。でも、最初の収穫は2年先だって。ま、いいか。
細い流れの上にヤマブキの花が景色よく垂れ下がっていたので、一句。
山吹の立ちそよひたる山清水汲みに行かめど道の知らなく
(高市皇子)
他人の歌でした。
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